音声入力をそのまま見せてみる試み
2026年1月13日、火曜日の「のらニュース」でございます。
きのうからYouTube版では、画面を出しながらいろいろと試行錯誤をしているのですが、きょうはGoogleドキュメントを使って、音声入力で認識された文字をそのまま表示する、ということをやっています。
これを見ていただくと、AI技術がどれくらい実用段階に来ているのか、なんとなく感じてもらえるのではないかと思います。完璧ではないにせよ、「話す=文字になる」という体験が、かなり当たり前になってきました。今回は、そういう様子も含めて、そのまま出してみようかなという試みです。
今日のニュースと、政治の動きの速さ
世の中の最新ニュースを見ていくと、高市早苗首相が自民党内で衆院解散の方向性を伝えたという報道や、大阪府・大阪市で府知事と市長のダブル選挙が行われる方針だという話題が出ています。衆院選の予定日に合わせる形になるのでは、ということも伝えられています。
かなり政治の世界が流動的になっていますが、政治家だけの都合で動いていいわけではありません。特に自治体にとっては、年度末にかかる予算編成の問題がありますし、いま進められている標準化システム、つまり各自治体が使っている行政システムの入れ替えも、ちょうど重なっている時期です。
このタイミングで選挙を行うことが、現場にどれだけの負担をかけるのか。そのあたりも含めて、為政者の皆さんには判断してほしいな、と思ったりします。
音声認識が拾う言葉、拾わない言葉
それにしても、この音声認識、意外と優秀ですよね。「為政者」みたいな、普段あまり口語で使わない言葉も、わりと正確に拾ってくれる。そういう細かいところを見ているだけでも、技術の進歩を実感します。
そんな話をしつつ、ここからが本日の本題です。
ニュース番組に「色」を持ち込んだ時代
本日発表されたニュースとして、アナウンサーの久米宏さんがお亡くなりになった、という報がありました。1月1日に亡くなっていたとのことで、病因は肺がんだったそうです。
自分は30代後半で、いわゆる「ニュースステーションを見て育った世代」です。いまは「報道ステーション」という番組名で放送されていますが、久米さんがアンカーパーソンを務めていたのは、もう20年ほど前の話になります。
その後、番組名は変わり、古舘伊知郎さんが司会を務め、さらに別のキャスターへと引き継がれてきました。ただ、「ニュースステーション」がよく語られる理由のひとつは、ニュース番組にバラエティ的、エンタメ的な要素を持ち込んだ点だと思います。
淡々と事実だけを伝えるのではなく、「この人を通してニュースを見る」という構造。そのスタイルに、当時はかなり賛否もありましたが、自分のように、それを当たり前として見て育った世代も確実に存在しています。
フィルターを通して世界を見る、ということ
自分がこうして「のらニュース」をやっているのも、突き詰めると、同じ発想なのかもしれません。世の中で起きていることを、誰のフィルターも通さずに受け取る、というのは実際には不可能で、結局はそれぞれが自分の視点で解釈していくしかない。
久米さんの番組は、まさにその「フィルター」が前面に出ていた。だからこそ、属人的だという批判もありましたし、その流れが、いまのテレビメディアに対する風当たりの強さにつながっている面もあると思います。
中立性と、番組の役割
放送法に守られた許認可制のテレビ局だからこそ、もっと中立であるべきだ、という声が強まっています。ただ一方で、「報道番組」と「ニュースバラエティ的なもの」は、分けて考えてもいいのではないか、とも思います。
そう考えると、「ニュースステーション」が残した功績はやはり大きい。ニュースを、考えるための素材として提示する、という役割を果たしていたように感じます。
硬派なアンカーがいた時代
当時を振り返ると、同じ時間帯にはTBSの「NEWS23」があり、筑紫哲也さんがアンカーパーソンを務めていました。こちらはかなり硬派で、ニュースを定点観測するような番組でした。
鳥越俊太郎さんや田原総一郎さんなど、いまも名前が挙がる人たちは、テレビに「この人がいるから見る」という期待を背負っていた存在だったと思います。最近は、そうしたアンカーパーソンの役割が、あまり求められなくなっているようにも感じます。
もしかして一番アンカーなのは「徹子の部屋」?
そう考えていくと、もしかすると今いちばんアンカーパーソン的なのは「徹子の部屋」なのかもしれません。ホストである黒柳徹子さんの視点を通して、ゲストの話を引き出す。その構造は、ニュースとは違う形ですが、「人を通して話を聞く」という点では近いものがあります。
テレビの黎明期から平成中期までの情報の形と、いま求められている形は、確実に変わってきています。
極論ではなく、その「あいだ」を見る
SNSやネットでは、どうしても極論が求められがちです。是か非か、白か黒か。その方が分かりやすく、反応もしやすい。ただ、世の中はその「あいだ」で決まることの方が多い。
わびさび、という言葉がありますが、まさにその微妙なニュアンスをどう扱うか。そこに、キャスター的存在が世の中を定点観測する意義があるのではないかと思います。
自分の立場で続けていくということ
自分自身、会社員時代にはラジオ番組でコメンテーターを務めていたことがありますが、組織に属していると、どうしても話しづらさはありました。発言しても「その媒体の人」として受け取られてしまう。
いまは個人の立場だからこそ、自分の責任の範囲で話せる。その延長線上に、この「のらニュース」があります。正直、20数人規模の弱小YouTuberではありますが、それでも続けていくことに意味はあると思っています。
もし機会があれば、4月以降、どこかの媒体で何か関われたらいいな、と思いつつ。本日はこのあたりで。「のらニュース」でした。
(以上はコラムニスト・城戸譲が、ポッドキャスト「のらニュース」などで話した内容を、AI文字起こし・要約によってブログ記事化したものです。公開時点で最新情報ではない可能性があるため、その点はご了承ください)
